大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和37年(家)9280号 審判

申立人 小山道子(仮名)

右法定代理人親権者母 小山ふさ子(仮名)

相手方 大橋哲郎(仮名)

主文

相手方は申立人に対し扶養料として一箇月金五、〇〇〇円ずつを昭和三七年二月以降申立人が成年に達するまで毎月二〇日限り送付して支払え。

理由

一  申立人が本件審判において求めるところは、「相手方は申立人に対し扶養料として一箇月金五〇〇〇円ずつを支払え」というにあり、相手方はこれに応じない。

二  当裁判所が取り調べたところによれば、本件扶養事件の背景となる実情と経緯とは、以下のとおりである。

(1)  申立人法定代理人(以下申立人母という)と相手方とは、昭和二七年一一月六日婚姻し、同二八年二月二八日に申立人を儲けたがその頃から別居し、同二八年一一月九日東京家庭裁判所において次の条項により調停離婚した(当庁昭和二八年(家イ)第二三六七号夫婦関係調整申立事件。なお申立人は本件申立人母、相手方は本件相手方)。

1、当事者双方は本調停により離婚する。2、当事間の長女道子の親権者監護者を母である申立人と定める。3、相手方は申立人に対し長女道子の養育料として本月より一箇年間毎月末日限り金三五〇〇円ずつ持参又は送付して支払う。上記期間の満了後においては、その時の事情に即応して之を決する。4、当事者双方は本件離婚に関し、相互に慰藉料財産分与の請求をしない。5、本調停を以て一切を解決したものとし、将来相互に名義の如何を問わず何等の請求をしない。

(2)  而して、右調停条項3、の前段に定められた養育費の支払は、相手方によつて完全に履行されたが、申立人母は、右条項後段の趣旨に従つて、昭和二九年一〇月二三日に養育費支払の調停を申し立て、同三〇年一月二六日に次の条項により調停が成立した(当庁昭和二九年(家イ)第三二二五号養育費申立事件。なお当事者は前同)。

1、当事者間の長女道子に対する親権は引続き申立人が之を行う。2、長女道子は爾今母の氏を称し、母の戸籍に入籍させる事を当事者双方諒解する。3、相手方は長女道子の養育費として昭和二九年一二月から昭和三四年二月迄一ヵ月金一、〇〇〇円の割合で道子名義で積立をなし、満期の際之を申立人に引渡す。4、申立人は前項の養育費受領の上道義上それ以上の養育費を相手方に請求しない。

(3)  而して、相手方は、右調停条項3、に定められた義務を履行したのであるが、申立人母は、昭和三四年二月五日に申立人が小学校入学時に達したこと等のため、経済的にその養育が困難であるとの理由を具して、相手方に一箇月金三、五〇〇円ずつ申立人の養育費を支払うよう求める調停の申立をした(当庁昭和三四年(家イ)第四四一号調停条項変更申立事件なお当事者は前同)。しかし、この申立は相手方の容れるところとならず、ために、申立人母はあらためて審判を申し立てるということで、その申立を取り下げた。

(4)  その後、申立人母は、自己の母の病気その他のため審判を申し立てる機会を逸したが、昭和三七年一月二三日に、申立人の法定代理人として、申立人の養育費昂進等のため、食べることに手一杯であるとの理由から、相手方に対し、申立人に扶養料月額金五、〇〇〇円ずつ支払うよう調停の申立をなした(当庁昭和三七年(家イ)第二〇二号扶養申立事件)しかし、この調停は前後六回の期日が開かれたものの、相手方はむしろ申立人を引取養育したいと主張し、申立人母はこれを拒否したため遂に合意が得られず、昭和三七年九月一三日に不成立となつた。而して、その申立事項がいわゆる乙類審判事項であるところから当然に審判に移行し、本審判事件として審理審判されることとなつたのである。

(5)  申立人は、その出生以来現在に至るまで申立人母の許において養育され来り、現在私立○○学院小学部五年生であり、特に問題とすべき性格偏倚や学力劣位を示していない。而して申立人は父親はすでに死亡したものと聞かされており、相手方に対して父としてのイメージも思慕も持ち合わせていない。なお、申立人の教育関係の諸費用は、月額金二〇〇〇円を必要とする。

(6)  申立人母は、相手方と離婚後申立人を養育するため、実家からの援助を受けたり、それが不可能となつて以後はキャバレー、バー等に勤め、昭和二九年以後同三八年二月までは駐留軍宿舎山王ホテルのルームガールとして勤務し、同年三月以降は銀座東急ホテルに転じて現在に至つている。而して、本件調停申立当時以後前記山王ホテルを退職するまでの間は、手取月額約金二万円の収入を得てきたのであり、現在は若干これを下廻るが、やがて右と同程度の収入が得られることが予想される。而して申立人母が申立人と共に居住する現在の家屋は、申立人母の父(昭和三八年二月一五日死亡)が、旧住居を売却して昭和三五年一一月頃新築したもので、申立人及び申立人母の将来を慮つて申立人母の所有名義としたもので、爾来申立人、申立人母のほか申立人母の父母(申立人からは祖父母)も同居し、共同生活を営んできたが、同人らには年齢や健康等の関係から定職がなく、自らの生活費をうみ出す程度で、申立人及び申立人母を金銭的に援助する余裕はなく、むしろ申立人母がこれら家族の経済的支柱となつてきた観がある。但し、右現居宅二階の貸間料月額金六乃至七、〇〇〇円が、申立人家族全員の生活を支える一要素として継続的に収受されてきている。

(7)  相手方は申立人母と離婚後、昭和三三年暮大橋美子と結婚し(婚姻届は昭和三四年六月一七日)、賃料月額金六、〇〇〇円のアパートに世帯を持つたが、同三七年一〇月賃料月額金一四、三〇〇円の現住居に引越し、爾来相手方の母、妻美子及び美子の先夫の子と共に家族四人の共同生活を営んでいる。相手方は株式会社○○セロレーベルの取締役で、本件調停申立当時給料手取月額約金四一、〇〇〇円を得ており、このほか年間賞与は月額にして平均金二五、〇〇〇円乃至金三五、〇〇〇円とみつもられる。而して相手方の母は老齢であつてその生活は相手方に依存しており、妻美子の先夫の子は大学在学中で現住居へ引越してからは、その学費の一部を美子の実家が負担するのみで、生活費を含むその余の経費はすべて相手方が負担している。しかし、美子の実家は経済的に相手方よりまさつていることがうかがわれる。

三  以上の事実を綜合すれば、次の諸点が帰結される。

(1)  相手方は、前掲昭和三〇年一月二六日成立の調停調書第四項のとりきめが存在するにもかかわらず、申立人に対する扶養料支払の義務を免れることはできない。即ち、成程同条項の趣旨によれば、申立人母は相手方に対し道義上養育費の請求はできない筈である。しかしこのことは、法的効果として申立人自身がその父である相手方に対して有する扶養請求権を放棄し、もしくは裁判上行使しないことを約したものとみ得ないことは明らかであるからである。もつとも、であるからといつて、右条項が本件において全く何の意味も持たないとするのも誤りであろう。蓋し、右に養育費とあるその本質は、申立人の広い意味の生活費であつて、申立人母が自己の名でにれを請求する場合-多くそれは監護費用と目されよう-は同条項に該当するが、同じ内容のものを未成年者である申立人の名で(即ち親権者である申立人母はその法定代理人として)請求する場合-この場合それは明らかに扶養料であろう-は該当しないとするのは余りに形式的な議論にすぎると思われるからであり、又右にこれを道義上請求しないとしたその実質は、前述の如きそれまでの当事者間の紛争の経緯と、特に調停条項として調書に記載されたことを考えあわせると、申立人母が申立人の名で相手方に対してする場合の実体上の扶養請求権をまで事実上放棄することを約した趣旨を包含するもので、たまたまその放棄が法律上禁止されていることなどから、さような表現をしたまでであることが、うかがわれないではないからである。

要するに、右の調停条項の存在は、本審判における扶養料の額を定めるについて有力な斟酌事由となるべきものであり、又それにとどまるものといわなければならない。

(2)  相手方は、本件調停及び審判の過程において、むしろこの際申立人をひきとり扶養したい旨をくり返し主張し、現住居への移転も申立人を引き取るための準備であると述べているが、前記の如き申立人母との離婚後今日までの申立人をめぐる諸状況の推移、就中申立人の年齢、父としての相手方に対する心理的映像、その他現在の相手方側の家族構成等を勘案すれば、相手方の引取扶養の主張は、本審判においては到底斟酌するを得ない。むしろ、相手方は、申立人に対する扶養料の送付その他を通じて、申立人を円滑且つ確実に引取扶養し得る精神的な素地を地味に積み重ねるべきであろう。

(3)  相手方は、その提出にかかる資料によれば、生活費として金六〇、〇〇〇円を超える金額を計上している。しかしその明細には首肯しかねる点がないわけではなく、就中自己の母についてのみならず、妻美子の先夫の子(もとより相手方には第一次的扶養義務はない)の生活費をまで、一体としてこれに包含せしめている点は問題である。

当裁判所は、親権者でない親が、未成熟の子と生活を共同にしない場合と雖ども、原則としてその子に対するいわゆる生活保持としての扶養義務を負うべきが当然であると考えるのであるが、この原則は、非親権者たる親が自己の共同生活団体中に、その尊属や兄弟姉妹等のいわゆる生活扶助義務を負うにすぎない親族をかかえる場合にも、基本的には変容をみないものと解する。してみれば本件の場合、諸般の事情上、申立人母の申立人に対する扶養能力を検する場合、申立人母の父母(父死亡後は母のみ)に対する扶養の点を一応度外視するのが適当であるとしても、相手方の扶養能力を評価する場合において、妻美子の先夫の子はもとより、相手方の母に対する生活の保持をまで、少くとも申立人よりも優先的に考慮しなければならないとするいわれはない。

四  以上二及び三において検討した諸事実諸観点のほか、本件にあらわれた申立人、申立人母及び相手方の生活費、生活態度その他一切の事情を綜合勘案すれば、相手方は申立人母に対する感情問題はともかく、自己の子である申立人に対しては本件審判の申立があつたとみなされる日の後である昭和三七年二月以降申立人が成年に達するまで一箇月金五、〇〇〇円ずつを毎月二〇日限り送付して支払うべきが相当である。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 高野耕一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例